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2005年02月21日

引導文が・・・!(井手一男)

カテゴリー : MCエッセイ 七転八起

東京の一等地にある、格式の高い大きなお寺の式場が現場だった。
そのご葬儀はこの寺のご住職ではなく、わざわざ熊本から上京して来られた
ご喪家の菩提寺のご住職が、通夜・葬儀の導師を務められることになった。
ご遺族は大変裕福な方で、送迎の飛行機代、飛行場からのタクシー代、
新宿の指定のホテルの宿泊費用、その他の諸雑費も一切合財負担されていた。
まさに至れり尽くせりである。

通夜の日から大変だった。
九州から一人上京してきたこの住職は、お年の割にはとてもお元気で、
通夜の打ち合わせの際に、東京の面白い店を紹介しろだの、
楽しく遊べる所へ案内しろだの、一体何しに来たのやら?
と思われるフシがあった。(はっきり言って遊びに来たような・・・)
おまけにお通夜の進め方は、ご自身の地元(熊本)のやり方に固執され、
弔問客にはかなりの不便を強いることとなった。
東京の一般的な当該宗派の進め方を随分ご説明申し上げたのだが、
まったく耳を貸そうとはしない。
その第一の理由は、自分は今までのやり方以外ではやったことがないから、
というのが大きく、それでも懸命に説得を試みると
「宗教上の理由」とやらを盾にとって拒否された。
そしたら、東京の他のお寺はどうなるのよ、
と思ったけれども黙って引き下がるしかなかった。
先方がやや感情的になっていたからだ。
(・・・遊ぶ所を案内しなかったからとは思いたくないが)
これ以上お寺さんとギクシャクするのは、
明日の葬儀も控えていることだし、得策ではないと判断したのだ。

それでも、まあなんとか無事に通夜が終了し、
東京と熊本では、いろいろと習俗も異なるのだから、
翌日のご葬儀の進行について打ち合わせをしっかりしておこうと思ったら、
この住職は用があるので直ぐにホテルへ戻ると言い出す始末。
早くハイヤーを呼んでくれの一点張りで(待機させてあったのだが)
『明日の打ち合わせは、明日の朝で結構ですたい!』
と冷たく言い放たれ、問題の葬儀当日を迎えることになる。

昨日、ここは有名なお寺だからと、頼まれて何枚も記念写真を撮らされたり、
○○というお店への道順を尋ねられたりと、まあいろいろあったので、
ご遺族もこの導師のどこかウキウキとした、遊び気分の上京を感じ取っていて、
少しの不安と不満があるらしく、私にそれとなく問いかけてくる。
しかしまさか本当のことは言えない。
『東京のどこか面白い所へ案内してほしい』と、
通夜の打ち合わせの時に雑談で仰ってましたよ、って言えるか!

さてその問題のご葬儀だが、打ち合わせの結論から言えば、
どう頑張っても引導までは28分から32分ほどかかるので、
それ以降しか一切の焼香は認められない、これは宗教上の理由であり、
葬儀社には立ち入って欲しくないと言うのだ。
(この人すぐに伝家の宝刀を抜くのです)
葬儀社は、指定された範囲内で作業をすればいいのだ、と高圧的である。
仕方がないので、焼香具を増やしたり、椅子席を急遽増設したりして、
会葬者の待機場所を設営し、焼香開始時間の告知看板を用意して
不便のないよう出来る限りの配慮はした。

ところが、開式前の5分ほどのナレーションが終了して、
さあ導師入場の時間になっても・・・
ん?何故かいっこうに現れない。
導師案内役スタッフの合図があり、3分ほど延ばせという。
ナレーションの第2バージョンで更に4分ほど繋いだけれども、
まだ導師は現れない。
どう考えても様子がおかしい。
すでに開式予定を5分オーバーしている。
このままで葬儀は無事終わるのか?
出棺は大丈夫か?
・・・まさか熊本時間なんてないよな。
不安ばかりが頭をよぎり、ついには私自身が導師控え室に赴いた。

控え室はてんやわんやの大騒ぎで、
導師と他の手伝いのスタッフ数名が何やらブツブツ言って探し回っている。
座布団はひっくり返り、導師の鞄も中身が外にばら撒かれている。
『引導文・・・引導文』
皆が呪文のように唱えているところをみると、
どうやら引導文を紛失してしまったらしい。(ウソー)
銀の灰皿の上には、導師入場の際に自分で持って入る予定だった、
火がついたままの長いお線香が、すでに5センチほど短くなっていた。
・・・ずっと探していたのかと思うと虚しい。

『先生、引導文の雛形がなくても何とかなりませんか?』
『・・・そりぁ、むつかしかあ』
さっきまでの勢いがない。
失礼とは思ったが、本音で聞いてみた。
『引導文を見ないと、どうしても無理ですか?』
『・・・・』
『とにかく、読経を始めていただけないでしょうか?』
『・・・じゃけんど引導文がなかもんねえ』
(そりゃわかってるって)
『しかし先生、予定時間もございますし・・・』
『葬儀屋さんこそ、何とかしてくれんね』
『・・・?』
(俺の責任かい???)
すでに時間は7分ほど経過していた。
まずい、このままでは釜落ちの危険が・・・。
(釜落ちとは、予定時間に火葬場に着かないと、火葬してもらえなくなること)
スタッフに耳打ちした。
『引導文は何とかするから、無理にでも引っ張って行って祭壇の前に座らせろ』
『いいんですか?』
『(大丈夫じゃなくても)仕方ないだろう!』

私はその足で寺務所に走り、熊本の菩提寺に電話した。
手短に事情を説明し、代わりの雛形でもFAXしてもらうつもりだったのだが、
電話に出られた奥様は・・・随分とノンビリとした感じで、
『あらあ、またうちの人・・・そげんこつ言うとるとねえ!』
『はい?(そんな余裕ぶっこくなよ)』
『葬儀屋さんもたいてい困っとるとやろ、すいまっせんねえ』
『はい、困ってます、ものすごく、ですから代わりの何か』
『葬儀屋さんてば』
『はい』
『引導文は失くさんようにて、袈裟の内側に軽く縫い付けてあっとよ』
『えっ?』
『本人にもちゃんと言い渡しとうんやが、なんしょんうちのひと』
私が九州出身でよかったと心底思った瞬間だ。
『また、うちんひとがご迷惑ばかけてすんまっせん・・・』
最後まで聞いてなかった。

電話をたたき切ると、おそらくオリンピックに出てもいい勝負をしただろう
と思われるくらいのスピードで走った。
予定時刻をすでに10分経過だ。
一抹の不安がよぎる。
導師が祭壇の前に座らされていたらやっかいだ。
いた!
導師控え室前で、入場する・しないでスタッフと揉めているようだ。
既に式場内は異変を察してザワザワしだしている。

確か・・・
開式の時刻を少しオーバーしているけど、
間もなく導師ご入場でございますから、
ご着席のまま今しばらくお待ちください・・・
というような手短なアナウンスを入れた、と記憶している。

私はすぐさま導師を控え室に押し込んで、『袈裟、袈裟』と叫んでいた。
それからスタッフと導師をひっくり返して、引導文を発見。
袈裟から引きちぎるように取り出すと、水戸黄門の印籠のように前にかざして、
『これが目に入らぬか!』とは言わなかったけど、
『さあ、先生はじめてください!』
(キャー、かっこよかー)
私の後ろには助さんと格さんが・・・いるわけない。
すっかりしょんぼりしていた導師は、目に涙を溜めて私に感謝し、
すぐさま開式となった。

開式してから更に驚いたのは、あれほど宗教上の理由で無理だと言われたのに、
引導までがたったの8分。
当初の予定より断然早い。
ウソー! やれば出来るじゃん! この嘘つき・・・(心の声です)
つまり、宗教上の理由よりも優先すべきものは、個人的な理由だったのか。
それとも引導文を発見したご褒美か。
この葬儀は、会葬者に迷惑を掛けることもなく、無事に終了したが、
私はとても貴重な体験をしたと思っている。

遺族には開式が遅れた理由を、(とても本当のことが言えないので)
導師の体調が優れなかったからだということで、押し通した。
導師にもそのように説明して口裏を合わせてもらったが、
この導師は演技も下手で、とても体調が悪そうには振舞えないから、
遺族は首を捻っていたが・・・。

そして同日に行われた繰上げ初七日法要の終了後、
ほろ酔い気分の導師がニコニコしながら寄って来て、
(体調が悪いことになってるんだから余り飲むなよと思ったが・・・)
『東京の葬儀屋さんは、やっぱ頭がよかねー』
『・・・』
『カッコもよかしー』
『・・・』
『司会もうまかー』
『・・・(聞いてる余裕なかったくせに)』
『また何かあったらよろしく頼みますけん』
『はい・・・(もう来るな)』(ごめん、これも心の声です)

私は自分も九州出身だとは最後まで言わなかった。
(東京人になりきったもんね)

(注意)
事実を基に、表現は少しカリカチュアして書いております。
事前にご用意されていた引導文に、
どうしてもこだわりたかったのだとは思いますが、
それほど大切なものを、うっかり失念されたのでしょう。

さて、今日から九州は福岡へ司会研修に行って来ます。
その報告はまた後日。

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 2005年02月21日 03:41

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