たまたま、16年程前から企業研修のマナー講師をしていたということがあり、
10年程前に「葬儀屋さん向けのマナー研修」を頼まれた。
最初はお断りしたのに、やっぱり先生がいなくて、無理やり講義をさせられて、
その時私は初めて「葬儀の世界」を知った。
葬儀の世界というよりは、葬儀屋さんの世界といった方がいいのかな?
その時に目にした葬儀屋さんたちは、全部ではないが、
「暗いというよりは、やる気がないという感じ」
「人のことを斜めから見るような感じ」
「やさしさや暖かさを感じない」
「非常に後ろ向きに生きている感じ」
などをバリバリと感じた。
これでお客様の前に出るのかなあ・・・?
こんな喋り方しか出来ないのかなあ・・・。
見た目も悪いし・・。
しかし私はこの人たちだけに悪気があるとは思わなかった。
世の中全体が、葬儀屋さんをそういう目で見ているのかも知れない。
そして紛れも無くこの私も・・・。
ところが葬儀屋さんがやっている仕事は、すごく大切なことであることが分かった。
勉強してもしても奥が深くスゴイ仕事だということが分かった。
私はその頃から、
「葬儀屋さんたちにやる気を持ってもらいたい」
「頑張っていることをほめてあげたい」
「大事な仕事であることを葬儀屋さん自身に伝えて行きたい」
「お客様のために仕事をすることの大切さを伝えたい」
そして最後には、「葬儀屋さんのサポーターになりたい」と思った。
もちろんそれが葬儀スタッフの教育につながって行けば何よりだと思った。
そこで私は講師になることを目標に、
葬儀スタッフのことを知るために現場スタッフとして葬儀の世界に入っていったのだ。
そしてちょっとのつもりが、それ以来葬儀の世界にのめり込んだ。
そこで出会ったのが、そこにいるお客様の「悲嘆」という心理だった。
そこではじめて、葬儀→悲嘆心理→音楽という道のりを経て、
私の中にある「音楽の感性」と「葬儀」が一つになった。
すでに十数年前からのミュージックセラピストとしての活動をしていたということもあり、
たどるべき道を年月かけてたどり、来るべき場所に立ったという感じがした。
私は今までも、MCプロデュースでの仕事である「葬儀スタッフ向けの接遇講師」
という肩書きと、ミュージックセラピストという肩書きで活動している。
そして現在のミュージックセラピストとしての活動には、
「音楽をつかった心身ほぐしのデイケア」
「心と身体をほぐすボイスセラピー」
「声を出してストレス解消」
「うつな気分を声でやわらげる」
等の内容と、ホスピスでの音楽活動、それらの講演とコンサートと合体させた
「トーク・コンサート」がある。
これらの内容には、悲嘆心理やカウンセリングの勉強を続ける中で出会ったものも多い。
近い将来、この音楽活動と、葬儀社様のお客様向けの何かにつながって行くと確信している。
最終的に、私は誰を一番大切にしたいのか。
それは世の中の多くの「今、悲しみにある方々」だ。
悲嘆の時期に周り人々から大切にされるということは、
どれほどその人のその後にとって重要なことであるか。
病院~ホスピス~葬儀社~葬儀スタッフ・・・。
その悲嘆の時系列の中で接する人々は、その悲しみの方に大きな影響を及ぼす。
私はそのスタッフ達を教育の部分で支える。
そして悲嘆の方々は、音楽を使って支えたい。
使う「脳」は違うかもしれない。
しかし、接遇講師もミュージックセラピストも、
私という一人の人間から出てくるひとつの結果なのだ。
自分では心の根っこの部分では、それらがしっかりとつながっていることを知っている。
そしていつか、それが一つになる時が来るかも知れない。
自分のことながら、今はどうなって行くのかは分からない。
そして楽しみだ。
これから、この特別号では、
ミュージックセラピストとしての私の活動を書かせていただきます。
それから、普通のおばさんとしての意見や、講師としては書けないコト等も・・・。
とり合えず、最初はこんな感じでのスタートです!
<またまた井手の割り込み>
加藤、葬儀屋さんのサポーターになりたいんだって?
そしてら、膝とか肘とかに巻いてもらえ。(ガッハハハ)