湯灌のお部屋では、やたら詳しく説明があった。
(とりあえず普通のおばさんになって聞き入った)
湯灌の後に全身に綿で着物を着せてくれるという。
その写真も飾ってある。
しかし母は「洋服の方がいいよねえ」と短刀直入に言った。
すると係の人が「綿は、大変神聖なものですので・・・」と言った。
私は「どういう風に神聖なの?」と聞こうとしたがやめた。
「会席料理の試食会もありますので・・・」と、
母は電話勧誘の女性から聞いていた。
実際には、小皿にのったお寿司と冷めた天ぷらを立ったままいただいた。
一通りの見学が終って「すでに会員になっている」と言ったら、
「じゃあ、なにかあったらお電話ください」とだけ言って
誰かに呼ばれたようでその女性は行ってしまった。
「じゃあ・・・」は無いでしょう。
せめて、「本日は、おいでいただきありがとうございました。
これで一通りのご説明は終わりでございます、と言ってくれたら、
終わりと言うことも分かっただろうに・・・」
「何か、ご不明なことやご質問はございませんか?」
の一言もなく、放り出された感じだ。
母と私は、これからが本番だったのに・・・。
たくさん聞きたいことがあったのに・・・。
私たちの気持ちを知ろうともしないで行ってしまった。
私たちはどうしていいかが分からずに、
とりあえずテーブルの空いている所に座り休憩をした。
母は質問することをメモにしたためて持っていた。
聞きたいことをたくさん用意して、我が町に出来たこの葬祭ホールと、
少しでもつながりたいという気持ちで、わざわざ来たのに・・・。
その気持ちは一気に冷めた。
母が聞きたかったこと
① 3口分のお金は、すでに払い込んであるが、葬儀1件につき何口が必要なのか
(自分と夫の両方分に足りないのなら、もう一口入ろうかと迷っていた)
② その値段で、どの程度の内容ができるのか
③ このホールでは白木の祭壇は使わないと言ったが、
その他のどんな種類の祭壇があるのか
④ 花祭壇は、どの程度のもので、いくら位のものがあるのか・・・など等
母は76歳になる平凡な主婦だが、あなどるなかれ。
随分と葬儀のことを勉強している。
「お葬式のこと、もっと色々と知りたいとは思うけど、
見学会みたいなのが無いと、なかなか来れるものではないでしょう?」
と母は言う。
私は忙しそうに歩き回る女性を一人つかまえて、
母が聞きたいことを質問してみようと思った。
皆「会員獲得」に忙しいらしく、しばらく待たされて一人の女性が来た。
息を弾ませながら、私の横のいすにいきなり座ると
「ナンでしょう?」とぶっきらぼうに言った。
もし・・・
「大変お待たせいたしました。私、○○と申します。
本日はお越しいただきありがとうございます。
何かお尋ねになりたいことがおありとのことですが、
今お返事できるものでしたら、お答えさせていただきますが・・・」
というような前置きがあったら、母も私もどんなに救われたことか・・・。
しかし・・・
「こっちは忙しいのよ」みたいな態度をとられると、
さすがの私だって悪いなあと思ってしまう。
本人にそんな気はないことは分かる。
しかし私たちは、素直にそう感じたのだ。
そこで、質問はやめようかと一瞬ひるんだが、
めげずに、①~④のことを尋ねて見ると、
「ええ~~~~~~~~と・・・」
「ンンンンン~~~~と・・・」と
ため息交じりの前置きをしながら、自分のファイルをめくっている。
そして「ホールでの祭壇の写真も、花祭壇のイメージ写真も無い」と言った。
「はあ? 何のための見学会なの!」
「誰のための見学会なの!」
これからこのホールで葬儀を行ないたいと思っている私たちにとっては、
何の意味も無い見学会だった。
不安を解消したいと訪れたのに、さらに不安になってしまった。
「会員獲得」自体を悪いことだとは言っていない。
それも立派な仕事の内だ。
しかし、この見学会に来ているお客様には、
色んなタイプがいることを知らなくてはいけない。
そしてすでに会員であるお客様にも、
新規会員以上に気持ちを向けることは必須だ。
今まではそのやり方が通ったのかも知れない。
でも、そろそろそのやり方を見直す時代が来ている。
他府県で大手のこのような葬儀社に対抗して、小さな葬儀屋さんがまとまって
「お客様のための葬儀」を創り出そうと頑張っているということを聞いた。
「負けるな!!」と思わず応援したくなる。
本当の意味で、何を大切にしなくてはいけないのかに、
気づいた葬儀社が生き残って行くのだろう。
「お客様はどうしたいのか」
というシンプルなことに早く気づかないと手遅れになる。
「主役は誰?」 それはお客様だ。
葬儀社でも、スタッフでも、小奇麗なレディたちでも、営業でもない!
お客様だ。
どんなに素敵な建物があっても、どんなに高価な制服を着ていても、
胸に葬祭ディレクター1級なんてものぶらさげていたって・・・
もっと大切なものがあるでしょ?
母が最後に一言、つぶやいた。
「釣った魚に、餌はやらないってことだねえ~~」と。