奥様は黙ってスタッフの言葉に聞き入り頷いていたが、それからの行動が驚きだった。
娘さんの手を引き、焼香台の前まで進むと、
まず一番右端の焼香具で1回。
次に真ん中の焼香具で1回。
最後に左端の焼香具で1回。
都合3回のご焼香を丁寧に済ませ、深々とお辞儀をして堂々と去っていった。
その間、遺族もスタッフも唖然・・・声をかけるタイミングを逸してしまったからね。
確かに焼香具は三個出ていたけど、だからって3回焼香を別々の焼香具でやるなんて。
「3回焼香」が、いつの間にか「3箇所焼香」に変わっていたとは。
伝言ゲームは昔から難しいもんね。
【その2】
夜も更けて弔問客も去り、遺族・親族だけで祭壇を囲んでいた。
葬儀社も明日の準備を整え、そろそろ辞去しようかと・・・そんな時。
ご遺族様の娘さんのご友人だろうと思われるが、
二十歳前後のお嬢さんが3人連れ立って弔問に見えられた。
担当のスタッフと何やらヒソヒソやっている。
やがて祭壇前に案内され、迎えたご遺族様の前でご焼香と相成ったのだが、
慣れていないので緊張している様子がありありと伺える。
一人ずつご焼香をと案内され、3人でしきりに譲り合っていたが、
押し出されるようにその中の1人が前に出た。
緊張しつつもお参りしようとしたら、まずお線香がないので慌てた様子。
すぐにスタッフが近づき、もう一度ご焼香での案内をしてこの場は事なきを得た。
次に鐘を打とうとして、リン棒を手にしたのだが、すぐ右脇にある鐘が見つけられない。
リン棒を右手に掲げたまま、暫く経机の上を目であちこち探していたが、
背後から友達が教えていたので安心していた・・・それがいけなかった。
いくら教えてもパニックに陥りかけたリン棒娘は、すぐ右脇にある鐘に気づかない。
背後の友人の声は次第に大きなヒソヒソ声になり、
「ほら、そこ、すぐそこ、横にあるでしょ!」ともう丸聞こえである。
それでもリン棒娘はやはり気づかない。(パニックとはこういうものだ)
いよいよ切羽詰った背後の友達の声。
「ほら、何してんの○○ちゃん、早く鐘を叩きなさいよっ」
とうとうリン棒娘のパニック度も沸点に達し、
右手に持ったリン棒を、ええいとばかりに委細構わず振り下ろした。
振り下ろした先は、たった今焼香をした抹香の中・・・。
「ずぼっ!」
・・・シーン・・・
灰がスローモーションのように飛び散った。
そして何事もなかったかのように、自分は間違っていないと主張するかのように、
そこだけ煙る空気の中で、静々と両手を合わせお参りをする彼女。
唖然とする一同。
後ろで待機する友達の背が震えている。
このリン棒娘め・・・三日は笑えたよ。
【その他】
この他、鐘の代わりにリン棒で木魚を叩いた人。
抹香を額に押し当てすぎて、額にくっついちゃった人。
線香の火を消そうと手を振ったら、線香の火に直接触れちゃった人。
抹香を摘むつもりが、火の付いた炭を掴んじゃった人。
事前に受け取った献花を胸ポケットに入れ、献花台の前で慌てて探していた人。
玉串案を手荷物台と勘違いして、自分のバッグを置いちゃった人。
まったく別の葬儀に参列して、ご焼香の後に香典を返してもらっていた人。
現場は色々とありますねえ。