そもそも「松の明かり…松明」と書いて何故「たいまつ」と読むのか?
日本では、灯りのために焚く木や竹が豊富に存在した。
中でも油脂を多く含み、火持ちの点で、
他の植物より優れている「松」が盛んに使われたという。
かつて「明かり」といえば、松を燃やすことが常識だったのだ。
(はーい、豆知識)
最初は、松明し(まつあかし)と呼ばれていたが、
それを手に持つので、手火松(てひまつ)となり、
てひまつ ⇒ たひまつ ⇒ たいまつ(松明)
と音便化したものらしい。
(またまた、豆知識)
結果として、「たいまつ」という言葉が定着し、実際には松に限らず、
その地域で豊富に取れる「竹」「葦」「杉」などの植物が使われても、
「たいまつ」(松明)だったという。
では葬儀で松明を使う理由は?
一般に松明を使う宗派は、浄土宗と禅宗(曹洞宗・臨済宗・黄檗宗)である。
浄土宗では、【下炬(あこ)引導】と呼ばれ、
導師が2本の松明を持ち、円を描きながら1本を落とし(厭離穢土)、
残る1本で円を描く(欣求浄土)という有名な作法がある。
下炬(あこ)とは、松明を使った作法のこと。
また禅宗では、【秉炬(ひんこ)の儀】と呼ばれ、
棺に松明をくべる儀式、つまり死者を火葬する意味の作法のことだ。
(秉とは、持ち司ることです)
いずれにしても、松明を儀礼作法で使う意味合いは、
智恵の火を以って、煩悩を焼き払うということか。
(炬とは「かがり」とも読み、かがり火や松明の意である)
であるならば、松明の代わりに「鍬」を用意するのは何故だろう?
実は、全国のお葬式のスケジュールは大きく二つに分かれる。
ご遺体のまま葬儀・告別式を執り行い、最後のお別れ(お花入れ)の後、
出棺して荼毘に附すやり方と、
先に火葬を済ませて、お骨で葬儀や告別式を執り行うやり方である。
全国の主流は、ご遺体のまま執り行うお葬式のやり方だ。
ところが、長野県はお骨で執り行うお葬式…骨葬だから、
すでに火葬を済ませてお骨になった故人に、
葬儀の儀礼作法で火葬を意味する松明を使うのは<理屈に合わない>。
たぶん…そういうことではないだろうか。
僧侶はきちんと説明して欲しいなあ。
松明を使わない、否、使えないということで、
(だって、お骨にまた火を点けたらおかしいよね)
苦肉の策として、土葬の際の「鍬」がクローズアップされたのだろう。
無理に意味づけを考えれば、煩悩の塵を払うみたいなものか。
(これじゃ、本山の大掃除になっちゃうね)
実際に土葬で執り行われていた時代には使われていたのだろうか?
案外、土葬の時代には行われてなくて火葬導入後、
僧侶サイドの都合による辻褄合わせで取り込まれた気がする。
もしかしたら歴史は浅いかも…。
というのも、鍬の形を模した商品自体が古いものではないからね。
でも、一番辻褄が合わないのは、お骨に対して引導を渡すということだ。
没後作僧(もつごさそう)といって、本来生きてるうちに受けるべきものを、
仏の大慈悲によって、特別に死んだ後も僧侶ににしてあげる。
そんな言葉があるけれど、結局みーんな特別かい!
そういうのは、特別とは言わないよ。
まあこの考え方・発想は分からなくもない…
が今の時代、引導を渡したがっているのは僧侶の方で、
受ける側は何とも思ってない人も多いはず。
やっぱお寺は、ご都合主義ですかな。
今日から山形県は新庄市に行ってまいります。
山形で有名なのは、
【①】と書いて、何と読む?
普通は【まるいち】と言いますよね、でも山形恐るべし。
山形は【いちまる】と言うのです。
山形も…深いですなあ。
あー、鳥モツラーメン食いたい!
<おまけ>
色々なブログでボクシングのことが書かれている。
思わず笑ったものを…。
判定が 亀田の勝ちと言ったから 8月2日は 八百長記念日