「バイクを買って欲しい」
幾度と無く繰り返される少年の要求。
母は…高校生にバイクを与えることに躊躇しました。
また母親には、それに応えてあげられる余裕もありません。
そんな繰り返しの日々が続いたある日…。
突然、不幸が襲います。
理由は定かではありませんが、少年は自ら死を選択しました。
悲しすぎる選択です。
母親の嘆きは尋常ではありませんでした。
そして、一本の電話から葬儀の依頼が…。
悲しみの余り、気が触れたように興奮している母親。
その心を解きほぐすように、じっくりと話を聞いていきました。
やがて、全ての事情を察した担当者。
慌しく弔いの準備が進められていく中、
「せめて息子にバイクを買ってあげていたら…」
何度も亡骸に取り縋り、悔やんでいた母親の姿が頭から離れません。
スタッフミーティングで、担当者が事情を説明し、会議が行われました。
何かしてあげられることはないだろうか。
いつしかミーティングの主題が、少しでも母親の納得できる送り方…
グリーフワークへと傾いていきました。
そして、少年の遺影写真と共に、
バイクを花祭壇でプレゼントすることに決まりました。
しかし、少年の望んだバイクを正確に造ることは不可能でした。
バイクの複雑な立体模型を花で再現するには無理があったようです。
何とか母親に…そして少年に…
その思いで会議が重ねられ、担当者は決断します。
「花祭壇が駄目なら、本物のバイクをお借りしよう」
スタッフが手分けして、県内のバイクショップに片っ端から交渉しました。
しかし、事情が事情だけに、正直に説明しても全て断られてしまいます。
窮地に陥り、いよいよ明日が通夜という日…。
トゥルルル・トゥルルル・トゥルルル…一本の電話が。
「社員全員で多数決をして、貸してあげることに決まりました」
そうです、少年が望んでいたバイクと同じものを、
無償で貸してくださる業者が現れたのです。
素晴らしい葬儀が執り行われました。
決してバイクが飾れたからではありません。
スタッフが悲しみを共有し、
その遺族の悲しみに寄り添った葬儀だったからでしょう。
熱意が通じてバイクを飾ることが出来たのは立派なこと。
しかしそれは、悲しい別れのシーンに、
温もりのある演出が付加されただけのことかもしれない。
サプライズとしては素晴らしい要素ですが、
仮にバイクが無くても、良い葬儀だったろうと思われます。
大切なのは、担当者を始めとするスタッフの気持ちですからね。
これは、あるFUNETの会員さんの実際の葬儀の話をベースに、
私がテキトーに脚色した物語ですが、
許可を頂きましたので少しだけ写真を掲載します。
<おまけ>
私が講師として大変お世話になっている団体の1葬儀社様ですが、
その他の祭壇写真などを拝見すると、
いつもこだわったお葬式を執り行われているのが良く分かります。
特に追悼DVD映像とメモリアルコーナーには力が入っているようです。
また館長が現在、僧籍取得の修行中だとか。
残念ながら私とは宗派が異なりますが、応援しています。