その昭和40年代頃から、将来の未来テレビをイメージすることは研究がされていた。
人間の視覚性や心理効果を研究して、本当に見やすい画面・映像を求めていた。
暗闇で見る映画は、それ以外が視覚に入ってこない、しかし家庭の中にあるテレビは、
四角い枠で囲まれていて、枠の外までもが視覚の中に飛び込んできている。
映画とテレビでは、そもそもの視覚性と心理効果がまるで違うのだ。
そして現在のテレビは、立体画像など様々な選択肢の中から、
結局高精細テレビに方向を定めて、その後ハイビジョンと命名した。
それは、人間の視覚性から導かれた横縦の比率…アスペクト比率が16:9に決定したり、
走査線の数が大幅に…従来の日本のテレビは525本、ヨーロッパは625本、
そしてハイビジョンは1125本に増えたりした。(走査線って分かるかな)
今では大型テレビのモニターが、液晶かプラズマかの特性の違いなどである。
先日のニュースで、立体画像テレビが2025年に実現と出ていた。
2025年とは、団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)となり、
医療費や社会保障費の急増が懸念される時代らしい。
へえー、いよいよそんな時代が来るのか。
かつての映画「SFナインティーン」のアルバムの立体映像シーンが目に浮かぶ。
アルバムを捲ると、アルバムの上で立体映像が動き出すのだ。
今では美術館やアミューズメントパークで、たまに目にする。(そんなに珍しくない)
主演の少年隊が、まだ本当に少年隊(今は中年隊だからね)だった頃のことだ。(笑)
1987年の映画だけど、康珍化さんの脚本は面白かった。
ついでに、私の友人の山下賢章監督にもお世話になった…そのSFの時代が間近だ。
例えば、遺影写真が立体画像だったり、思い出のコーナーの写真が動き出したり…。
いやあ考えただけでもゾクゾクする。
葬祭業界も、いまや映像無しでは考えられない時代である。
映像の使い方に、もう少し工夫が必要であることは否めない。
この分野での、しっかりした勉強が必要になってくるであろう。
一般に映画ならば、1秒間に24コマの写真である。
つまり24枚の静止画であって、動画というものは何処にもない。
まあ1秒間に24コマは、仏教で言うならば「刹那(せつな)」に近い。(豆知識)
1秒間に24枚の連続した静止画を見て、映画といっているのだ。
トドのつまり、嘘である、錯覚である、視覚効果である。
リアリティという言葉は、こういう嘘を言っているのだろう。
本当のように見える嘘…動いてないのに、動いて見える映画という世界。
実像以外は、すべて嘘の世界で成り立っているのですよ。
だからこそ…学ぶべきことは多いのです。(後は秘密)
少し前のテレビコマーシャルに衝撃を受けた。(youtubeより転載)
明治安田生命CM「たったひとつのたからもの」篇
言葉、音楽、映像、それぞれに精査して考えなければならないことが多い。
映像という表現の感覚的な力、圧倒的な説得力、感情を刺激してくれる。
人の琴線に触れてくる映像の力…良いものには、良いだけの理由が存在するのだ。
このコマーシャルは、1分30秒のスライドショーである。
つまり静止画を見て、人生を切り取られたその一瞬に感動し、
圧倒的な文字表現を目の感覚で追って、心を揺り動かされる。
たったの1分30秒で綴る人生だが、静止画の中に文字がとても効果的だ。
文字のテロップが連続することもあるし、言葉のインパクトは際立っている。
1秒に24コマの静止画は、動画のように動かない代わりに言葉の力で埋め尽くしてある。
同じことが、FUNETの追悼DVDを使えば出来るのだ。
音楽は著作権の問題があるので、別バージョンになるのは仕方ない。
課題は山積みだが、FUNETで目指す映像のヒントも詰め込まれている。
そしてFUNETでは、もっと簡単に、誰にでも出来る、すぐに出来る、
追悼映像DVDの新バージョンが間もなくアップするだろう。