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2008年07月22日

葬祭ディレクター2級受験対策研修会終了(井手一男)

カテゴリー : MCエッセイ 七転八起

鹿児島から帰京した翌日、平塚で研修会が行われた。
ところが平塚は七夕の初日に当たっていたらしく、駅は騒然としていた。
私の荷物は4泊分(研修の連続で帰宅できず)だから重い。
タクシーに乗るのも一苦労しながら、やっと研修会場へ。
街の様子は、こんな感じでした。


会場の都合もあり40名定員で締めてあるのだが、今回は41名。
若い人が多く、といっても、こちらが年を取りましたのでそう思えるのです。
この時点では、皆さんとても元気です。
だって研修の厳しさをご存知ないですからね。
まさかこんなにハードだとは思ってなかったらしく、クタクタになって帰社されます。
それでいいのです、汗水たらして頑張って、大きくなってください。



いつもは教壇が真下にある、階段式の教室を使わせてもらっていたのですが、
今回はフラットな教室、遠くの人が…ちょっと見えにくい。
実技筆記と接遇だけは全員一緒にやりますので、隅から隅まで見逃しませんぞ。

実技筆記はとても良い問題なのですが、実務とのズレや…例えば体験していたら、
納得出来ることも、それが出来ないから理屈として理解しなければならなかったり、
或いは、6世紀以降の仏教の歩みや、千数百年に及ぶ神仏習合の歴史など、
プロとして学ばなければならないことも多い。
面白く深みもあるのだが、目の前に試験という関門があるだけに、
興味本位で突き進むわけにも行かず、私もジレンマに陥る。

しかし、この制度のお陰で、多くの人が学んでくれたのは間違いない。
例えば、死者の顔に掛ける白い布、これは、万に一つも生き返ったら、
微かでも動くことから、発見しやすいようにとの願いがあるのだ。
通夜でドンちゃん騒ぎをするのは、村で年に何回かしかないような、
楽しい酒盛りをしているのに、朝まで待っても起きてこなかった。
だからこそ死を確定し、喪が決定するのだ。
通夜とは、生と死の境界線上にあることが分かる。
「逮夜」という字は、その夜に逮まったという意味らしい。
死装束の、故人と縁のある女性の手によって糸尻を留めずに縫われた分けは?
千人針を例に出したり、忌の分散というテーマから話を多方面に進めたり…など等。

問題を全問解きながら、私は時間の許す限り色々な話をする。
究極のサービス業と言われている葬祭業界。
仕事の多様性からみれば確かにそうだが、煙草ひとつを例にとっても、
どこが究極のサービス業かと言いたくなる。
接客業で煙草臭い人がいるのに、時代の感覚がまるでない。
司会者にしても、開式したらその場を離れる人も多い。
大切な儀礼の式の本番中である。
究極の…と言うなら、仕事の時間内は、煙草は吸うなと言いたい。
ネット環境にしてもそうだ…誰かに依頼しているくせに、
要するに自分では使えないくせに、何を言っているのだ…。
身嗜みにしても恥ずかしい限りである。
半袖のYシャツ、ダブルのスーツ、髪型のカットは月に何回…
究極のサービス業を目指すのは勝手だが、現実を見ることが大切。



2級の幕張装飾は、割りと優しい部類に入る。
だから、研修の時間内にクリアして帰る人も多い。
この試験も、当初のように天上幕や円筒幕があった時代は女性には難しかった。
今のようにテーブル幕限定になってからは、男性より女性の方に適性がある。
何だか、何処までいっても女性の時代なんですなあ。
私が見る限り、司会や接遇の適性も女性だと思えるので、男性は分が悪い。
いずれにしても、2日間お疲れ様でした。
帰ってからが大変ですが、皆さんの頑張りに期待します。

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 2008年07月22日 09:00

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