最後のお別れでの出来事でした。
身内だけが集められて、しめやかに最後のお別れが始まりました。
遺族や親戚がそれぞれにお花を手向けて、永遠のお別れをしました。
入院中に最後まで付き添った長女は、涙を流しながら別れを惜しんでいました。
多くの人が順番にお別れをしました。
柩の蓋が閉められて、そこにいる全員が釘打ちの真似事をします。
石が渡されてゆっくりと、ゆっくりと…まるで時間が止まってしまったような感覚でした。
名残を惜しむかのように柩覆いがかぶされて、静かに位牌と卒塔婆が置かれました。
「ご一同様、合掌…」と、一通り悲しみの儀式が終わったときです。
故人の長女が「あっ、忘れた!」と叫びました。
「何を?」と誰かが聞く間もなく、長女は小走りで何かを取りに行きました。
中に入れる愛用の品物を、柩の中に入れ忘れたそうです。
私は目と耳を疑いました。
これまでに目の前で、すすり泣く声と共に、
悲しみの中にも穏やかな雰囲気で行われていたことは、いったい何だったのか…。
周りの親戚は、苦笑する人、ため息をつく人、ワケが分からなくてポカンとする人。
一瞬にして部屋全体は、あきらめムードが漂いました。
まるでお芝居のワンシーンのようです。私は、呆れ果てて言葉を失いました。
叫んだ従姉妹にではありません。
そのことを確認、準備していなかった葬儀社にです。
その後、最後のお別れはどうなったか。
遺族や親族のいる前で、まるでビデオの巻き戻しのように、
位牌や卒塔婆がはずされて、柩覆いがはがされて、普通に蓋が開けられたのです。
私は怒りと落胆で、その後のことは見ていません。
担当者が、どのように対応し、また弁解をするのかまでを見届けたかったのですが、
到底無理…私は部屋を出ました。
叔母達は「どうしたの?」と私に聞きました。
「棺に入れるものを忘れたみたいですよ」と説明するのが精一杯でした…。
これは正真正銘、叔母の葬儀での出来事です。
やり直しがきかない叔母の最期の儀式でのことです。
そのことだけで、今回の葬儀社にはガッカリでした。
その先のことはよく覚えていません。
それに、今回の葬儀社の言動を「見ない、聞かない、感じない」と、
心にバリアを作ってしまったように思います。
これ以上何かがあったら、必ず私は苦情を言ったでしょう。
でも、大事な叔母の葬儀の中で、そういう自分には耐えられません。
だから、感性を麻痺させました。あらゆることに、感じない私を作りました。
…私にとっては、叔母が亡くなったこと以上に辛く嫌な経験でした。
今回の葬儀社社員は、葬儀の仕事とは何か…。
最後のお別れという儀式が、どういうものなのかを、
もう一度きちんと考え直さないと、また同じような失敗をするでしょう。
遺族の誰かが、このことについて問題視した様子はありません。
むしろ長女は私に「私って天然なのよ。やっちゃったわあ…」と言っていました。
私はその時、言いたかったです。
「違うのよ、あなたは天然でも何でもいいの。こういう時は葬儀社から、
『柩に入れてあげたいものはありますか?ありましたら事前に準備いただけますか?』
という、一言を伝えるべきでしょう?」と。
敢えて私は、それを従兄弟たちに伝えていません。
言ったら傷つくことは分かっています。
葬儀社には、もっと気付いてほしかった…。
大切な叔母の葬儀なのです。
そう、強く思いました。