そういえば、iphoneでも「デジタル墓参り」のアプリケーションがありました。
お墓の画像があり、水を手向けたりできる。
いや、実際には手向けた「ふり」ができる。
ボタンを押すと、墓石に水が掛かるアニメーションが出ます。
今、調べてみたら「仏壇」のアプリケーションもありました。
バーチャルロウソクにバーチャルマッチを使って…何か虚しくなってきますが、
一体、何をどこまで本物に見立てるのが良いのでしょうね。
高野山に行った時、ガイドの方が、
「宗教は心。その人の信心次第」とおっしゃっていました。
実像のないデジタルコンテンツでも、本人が信じれば、
墓参りや、仏壇の前で手を合わせることと同じことになるのでしょう…かね?
今は、多くの人に「デジタル仏壇」を始めとする、
仏教のデジタルコンテンツが受け入れられている訳ではないでしょうが、
将来は分かりませんよ。
そもそも、「仏壇」も「位牌」も、
最初から現在あるような形で存在していた訳ではありません。
特に、仏壇は17世紀頃から登場したそうです。(参照:仏壇仏具ガイダンス)
寺請制度が仏壇の普及に一役買っているとも言われますが、
仏教が6世紀に始まったのに対し(インドの仏教は紀元前4世紀頃)、
仏壇はまだ300年程しか経っていませんからね。
もちろん、仏教の起源であるインドでは、
仏壇が一般的ではないですし、位牌も一般的にありません。
同じ仏教でも、それぞれの土地の文化や社会、慣習によって、在り方は様々です。
また、葬儀に遺影写真が飾られるようになったのも、数十年前のこと。
今では葬儀のスタンダードになっていますが、技術や機械の発達によって、
葬儀の在り方が変化すること起こることはよくあることです
それゆえ、一人ひとりの信心によって、「デジタル仏壇」という在り方も、
一つの形としてアリではないかとは思います。
…商売としては、どこまで需要があるかが気になるところですが。
蓮如上人は、「木像よりは絵像、絵像よりは名号というなり」と記されました。
偶像として阿弥陀仏を崇拝するのではなく、
阿弥陀仏のはたらきに帰依する事を強調する言葉だと思います。
「デジタル」には実像がないですが、果たして名号に近いのか木像に近いのか…。
ちなみに、冒頭の「デジタル仏壇」の囲い部分は、「木造」のようです。
…くだらない事を言ってしまいました。
「デジタル仏壇」は、一応形を仏壇に見立てているようですが、
デジタル情報にするのなら、サーバで(インターネット上に)管理しても良いのかな…
とも思います。仏教界が本腰を入れれば、あっという間に広がりそうですけどね。
将来、戒名がインターネット上でデータベース化されて、
検索できたりするかもしれませんね。