ところがどっこいである。
葬儀社の中でも、詳しく知っている者は一握りであろう。
少なくとも十数年続けている私のセミナーの結果ではそうだ。
もっと言えば、各宗派の僧侶の中にも、このような知識を有している者が多いとは思わない。
今回のTVは、最澄と空海という2大スーパースターを登場させ、
その二人の関係や軋轢について多少のサワリの部分を紹介したのだが、
それすら知らない人が多いはず。(私の経験上の話です)
一般に僧侶といえども、他宗派の事は理解していなく、ましてや詳しいはずがないのだ。
例えば空海の幼名が眞魚(佐伯眞魚)であることを知らずにいた僧侶に、
喪主が亡くなった妻の名前の由来・・・このケースは真魚様でした・・・と、
それに交わる経緯を話してもピンときてない僧侶がいて私はホトホト困った。
(最近、海老蔵の成田山のお話で理解した人も多いと思うが)
もっと分かりやすく、TVのようにラーメン作りに例えよう。
塩ラーメンが美味しい店の店主でも、しょうゆラーメンやとんこつスープなら、
美味しく作れないというのは理解しやすい。
同じように、つけ麺で勝負している店は、他のラーメンは理解不能ということになる。
つまり仏教と一口に言っても、各宗派は相容れない部分が多いのだ。
仏教的には相容れない部分が多いにも関わらず、お布施に関しては共通項が多い。
そこでお布施について書こうと思ったが、それは明日に回して、
葬儀社に関しての問題点を書いていく。
葬儀社と言っても、いろんな人がいるし千差万別なんだけど、
教育をしっかり受けていないと、あるいは、自ら進んで研鑽を積んでいないと、
素人程度の知識しか持ち合わせていないことになる。
特に新人は素人からの出発だから仕方がないだろう。
日本は、葬祭業へ就職するための事前勉強ができる機関がないと思っていいだろう。
首都圏を中心にして僅か数社あるだけだ。
この他にも多少はあるようである。
駿台トラベル・ホテル専門学校 葬祭マネジメント学科
東京観光専門学校 フューネラルプロデュース科
葬儀専門学校 フューネクリエイトアカデミー
米国の葬儀学校では、葬儀後のアフターフォローから学ばせると聞いた。
これも一つの方法だと思う。
葬儀のサービス業は、一般のサービス業とは大違いである。
究極のサービス業という人もいるようだが、<究極>ってどういう意味。
究極とは、物事をつきつめ、その最後の到達点。
私は、それも違うと思う。
サービス業は、喜んでいただくのが基本だから。
感謝してもらうのは有難いことだけど、葬儀で相手を喜ばせることは出来ない。
また、葬儀のサービス業はそういう状況でもない。
本当に喜ばせたいのなら、死者を生き返らせること、または過去へ戻してあげること。
・・・だと思うのだけど。
教育に関しては、TVからの知識で喜んでいるようでは駄目だ。
葬祭ディレクター技能審査も確かに難しくはなったが、
現場の内容に沿っているのか、実技審査も普段は滅多にやらない実技が交じっていたり、
世の中の変化に応じて、良い意味で変化していくことも必要かもしれない。
その変化が時代に即しているなら、新人教育の力点も自然と変化するはずである。
本来お布施について書こうと思ったが、適当に書いているうちに方向が曲がった。
明日は、予定通りお布施について書けるかな?
では。