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2011年02月04日

米国視察研修の話その7 (井手一男)

カテゴリー : MCエッセイ 七転八起

ラスベガスまで、バスできっちり5時間半掛かりました。
米国は人の移動は飛行機か車と決まっているらしく列車というのは珍しい。
ところが、ラスベガスへ向かう途中、
砂漠の中を延々と繋がって走る貨物列車を発見しました。
ちょっと日本の常識では考えられない程、長―く連結されていました。
たまたま先週、映画「アンストッパブル」を見たのですが、
いくつかのシーンで「ふむふむ・・・」と感じるところがありました。
(良い映画ですよ、是非)


ラスベガスという街は、砂漠の中に出来た街です。
砂漠といっても、イメージ的には荒野に近い。
では素敵な街ラスベガスの紹介を、ラスベガスの写真と共に。

ラスベガスは、ネバダ州にある同州最大の都市でカジノなどのギャンブルで有名。
法人税も個人所得税もないし、他の税金も税率が低いと言われている。
そのため大企業も進出しやすい。
ネバダというのは本来スペイン語だったと思う。
意味としては、山脈(雪を被ったという意味もあるかもしれない)である。
有名な話では、ネバダ州には誰も近づけない広大な土地が存在し、
勿論、飛行機さえもその上空を飛ぶことは許されておりません。
最先端の軍事機密かUFOか・・・(興味津々、エリア51)
確か「カプリコン1」(NASAの陰謀)で見た光景がこの荒野だったと思う。

そしてラスベガスの意味は、実はモルモン教徒がこの地を発見したことによる。
砂漠にあって、唯一窪んだ土地柄からオアシスになっていたそうだ。
ベガとはスペイン語で肥沃な草原の意味らしい。(ベガスは複数形)
これに複数形の定冠詞を付け「ラスベガス」となったとか。
まあ、砂漠の中の窪んだエリアが濡れていて、それを女性名詞で表現した。
ちよっと色っぽいお話ではある。(現在のラスベガスの在り方を考えれば)

街の発展は、1940年代、ゴールドラッシュが起きて鉄道網が敷かれたこと。
金鉱ブームの後の大恐慌、何の産業もない街だったラスベガスは、
それを乗り切るためのニューディール政策(ルーズベルト大統領)で、
フーバーダム建設が着工され、それにより街は大きく発展したのです。
人にも街にも歴史ありです。

第二次大戦後、ベンジャミン・シーゲルがフラミンゴホテルを建設し、
カジノで収益が上がることが判明するやマフィアが続々とホテル経営に。
つながりの深いフランク・シナトラやサミー・デ―ビス・ジュニアなどが、
定期的に豪華なショーを行うようになって大勢の人々が集まった。
やがて当局の取り締まりが厳しさを増し、マフィアは手を引いていく。
しかし、それに伴って逆に投機ブームが起こり市街は大きく発展したのである。
世界の大ホテルが一極集中する理由として、一定規模以上のカジノ建設は、
客室数200室以上のホテルの付帯施設としてしか認められないからだ。

それから、ラスベガス・ストリップって知ってましたか?
語感からすれば、とてもいやらしいけど・・・残念でした。
ストリップの意味は、細長い帯状の物、もしくは帯状の土地を意味しています。
ネオンの明かりで煌めくラスベガス大通りを空中から眺めると、
ストリップ状態に見えることから呼ばれているのです。
ただ、ストリップが有ったか無かったという点に関しては・・・。

夜、やっとラスベガスに到着しました。
では忙しいので失礼します。
今日はみんなで焼き肉だあ!
ヒーハァー!
(続く)

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 2011年02月04日 08:00

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