開山は、慈覚大師円仁、第3代天台座主です。
何と日本で最初に「大師号」を授けられた高僧で、後に「伝教大師(最澄)」や
「弘法大師」が頂いたことからも相当の大物という感じがします。
(大師とは人を教え導く偉大な指導者という意味)
一般に大師の弟子たちによるものとされていますが、寺社の縁起に大師が開いたり、
再興したと伝えらける所が、関東に209寺、東北に331寺、等と数多くあります。
有名な寺を拾ってみますと、浅草寺(東京)、喜多院(埼玉)、善光寺(長野)、山寺(山形)、
松島瑞巌寺(宮城)、平泉中尊寺(岩手)、清澄寺(千葉)、輪王寺(栃木県・日光)…
これだけでも凄いでしょう。
現在では、曹洞宗圓通寺が本坊となっています。
本坊とは、住職の住む僧坊ですから、現在管理しているのは曹洞宗ということでしょう。
では入ってみます。
まずは、総門を潜って周囲を見渡し、取り敢えず山門へ。
話によると、例のイタコは総門を入って両サイドにある壁沿いにテントを立てて営業。
ということは、敷地内に入って仕事をするわけだから、多分、寺銭を払うのだろう。
本日は、イタコは居なかった…んー残念。
元々、祭りの時ぐらいしか居ないとは言われていたけど。
そういえば昔見たテレビの番組で、あるタレントが
「マリリンモンローに逢いたい」と無茶振りをしていた。
それでもその時のイタコは、ウッと一瞬気を失い、
どこかを彷徨った挙句スックと起き上った。
一言「わしが、マリリンモンローじゃ!」
・・・これは凄過ぎる。
左右に48本の灯篭が立ち並ぶ中、本尊安置地蔵殿へ参る。
それでは眼前に広がる、荒涼たる霊山と呼ぶにふさわしい聖地へ踏み入ろう。
が、しかし、思っていたほど広くはないぞ。
遠めに見渡しても、明らかに建設中のアトラクションのようなものもある。
色々と工夫をされているし、維持するのも大変なんだろうな。
左手に回っていくと、納骨塔があり、その背後には無間地獄。
賽の河原の石積みのように、次々と現われる光景が珍しく、
そこに刺した風車も、色合いや形が少し独特だろうか。
冒頭にしては、とても良い雰囲気を作り出している。
そして慈覚大師堂に到着。
風車がカラカラと周る音の演出は、風のせいで回っているのだけれど、
どこかそうではなく、魑魅魍魎の気配を感じないわけでもない。
悪事を働けば、いずればれるし、様々な妖怪の餌食になり落とされるかも知れぬ。
そう、地獄へ…。
掴みはOK!
ということで、ここからは延々と地獄が続くのだ。
でも不思議、お寺に来ているのに地獄を巡らせるとは…面白い。
だって極楽を巡らせると、演出的には意外とつまらないよ。
賽の河原…一つ積んでは父のため…積んでも積んでも壊される…硫黄の匂いがOK
血の池地獄…これは大分の別府の方がよい、だって血の色をしていないから臨場感無し。
その後、極楽の浜で一休み。
ここは、硫黄の成分の影響で独特の色合いが出ている。
なかなか綺麗であった。
折角、極楽浜に出たのに、その後も地獄巡りツアーは続き、
地獄谷と名付けられた火山ガスの噴出する岩肌の一帯を左手に見ながら、
塩屋地獄、賭博地獄、重罪地獄、どうや地獄、修羅王地獄、金掘地獄…
少し、飽きてきたかな…そして最後に「胎内くぐり」を通って漸く出発地点へ。
ほんの一部を紹介したが、周囲にはまだ見どころが満載でした。
入り口にある六大地蔵、帰路の終盤には五智如来、大きく聳え立つ延命地蔵尊。
正面背後の山の頂上に、奥ノ院不動明王、それから近くには三途の川…
お疲れ様でした、いやあ、暑いね。
山を散策する時間が長いから…ときたら合掌霊場アイスはいかが?
んー恐山、商魂逞しい。
それは「招魂」に通じるのでしょう。
※招魂とは、死者の霊を招いて祀ったり鎮めたりすること。
その後車は更に北上し、本州最北端に建つ「尻屋崎灯台」へ。
明治9年に東北地方に初めて建設されたという洋式の灯台です。
この日もガスって視界が悪く、景勝地なのに残念。
その昔、この地は難破岬と呼ばれ遭難者が後を絶たなかったそうです。
更には、寒立馬(かんだちめ)と呼ばれる馬が…
雪が降る寒い日でもじっーと立っている光景をTVで見たことないですか。
というわけで、大変お世話になりました。
では、南無阿弥陀仏。