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2012年10月24日

出雲大社へ1 (井手一男)

カテゴリー : MCエッセイ 七転八起

出雲市駅からバスに乗って約25分。
旧大社駅を過ぎると、そこはもう出雲大社のエリアに入る。
旧大社駅は、明治45年から平成2年まで使われていた。
駅舎は大正の香りが漂うノスタルジックな雰囲気を持ったまま保存されていた。

出雲大社には4つの鳥居がある。
一の鳥居は石で出来ている。
二の鳥居は木で出来ている。
三の鳥居は鉄でできている。
四の鳥居は銅で出来ている。
ところがバスは一の鳥居を左後方に見て右折、
勢溜(せいだまり)と呼ばれる人が沢山行き交う場所にある二の酉を潜り、
正門前と名付けられたバス停に停車。


(遠くに見えるのが一の鳥居、そして下車した二の鳥居)

ここは二の鳥居の正面だ…よって下車する。
さあ、ここから歩きだ。


(鉄で出来た三の鳥居を潜ります)

ついでに銅で出来た四の鳥居。

記憶にない、出雲大社の参道を歩いても記憶は戻らない。
一度来たことがある道なのに…22年前「死のハネムーン」という番組で出雲に行った。
(寝台特急が嬉しかったのを覚えている)
俳優と葬儀司会者を掛け持ちしていて、社葬にTV出演にと忙しかった頃だ。
その当時の思い出は、何故だかさっぱり蘇らない。


「神在月」と「神無月」の話はしたはずだが、
旧暦の10月10日…出雲大社では神在祭が始まります。
その夜、稲佐の浜で八百万の神々を迎えと御神火が焚かれ、
龍蛇(海蛇)を神々の先導役として神迎えの儀式が執り行われます。
神事の後、八百万の神々は、大榊に細長い幣をつけた神籬(ひもろぎ)に宿り
…大きな白い布を、所々棒に巻かれた、いわばお化けのような大布を、
7~8人の神官が持って…出雲大社へ案内をするらしいのです。
(神迎えの道…3キロ)
神々が大社で過ごす7日間の宿は十九社、神議(会議)は上宮(仮宮)でします。


十九社(神々がお休みになられるお宿なんですけど…古いといっていいのかな)

この神議で何が話し合われていたのかというのは、もう話したからいいだろう。
それより、この間「お忌みさん」と云って、つまり神在祭の期間、
地元では神々の会議の邪魔にならないようにと、建築工事・土木工事は中止。
歌舞音曲はもとより(AKB禁止)、掃除や爪切りまでも遠慮をするらしいのです。
因みに本当かウソか知りませんが、神在祭(じんざいさい)の時、
出雲では神在餅(じんざいもち)を配るしいのです。
その「じんざい」が出雲弁に訛って「ずんざい」となり、
それが「ぜんざい」となって京都に伝わったと、
江戸初期の文献「祇園物語」に記載されているそうなのですが、
「餅付き」はうるさいので、控えなければならなかったのでは…と思うのです。
予め用意していたという考えも分かりますが、それだけで十分だったのでしょうか。
あるいは「お忌みさん」の習慣は、後々のことであるかもしれません。
いずれにしても、「ぜんざい」を売り出すなら、もう一ひねりがあればよい。
今のままなら、法善寺横丁の夫婦善哉(白玉2個入り)に負ける。
そんな気がします。


頑張れ出雲、ということで明日に続きます。

投稿者 葬儀司会、葬儀接遇のMCプロデュース : 2012年10月24日 08:30

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